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東京高等裁判所 昭和42年(ラ)723号 決定

抗告人 竹本秀子(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一、本件抗告の要旨

別紙記載のとおり

二、当裁判所の判断

(一)  抗告人の抗告理由の第一点は、要するに「本件協議離婚届はもともと抗告人の意思を欠く無効のものであり、しかも右届出は抗告人から届出不受理申立がなされ、戸籍管掌者には抗告人の離婚意思のないこと明白であるにもかかわらず、受理されたものであつて、右協議離婚届出が無効であることは明白であるから、戸籍法第一一四条により右協議離婚届出に基いてなされた戸籍の訂正を許すべきであり、同法第一一六条により右戸籍の訂正をなすべきとした原審判は不当である。」というにある。しかし当裁判所は、右の点に関しては、次に付加するほか、原審判の説示と同一の理由により、戸籍法第一一六条によつて本件戸籍の記載を訂正するのが相当と解するので、ここにこれを引用する。従つて抗告人の右主張は理由がない。

なるほど本件離婚届出は、その不受理申出書が提出されていたにもかかわらず受理されたこと明らかであるけれども、原審判の認定した事実によると、本件離婚届出の際、抗告人にその届出意思がなかつたとは必ずしもいい難く、民法第七六五条によれば、離婚の届出が、同法第七三九条第二項及び第八一九条第一項の規定その他の法令に違反して受理されたときでも、離婚はこれがためにその効力を妨げられることがないのであるから、本件離婚の届出が一旦受理された以上、前記のように不受理申立書が提出されていたにもかかわらず、離婚の届出が受理されたことの一事をとらえて、これを無効とすることはできないというべきである。なお抗告人のいう昭和三七年六月七日民事甲第一四九一号法務省民事局長回答も、協議離婚届の署名後、その市町村長に受理される以前に、不受理申出書の提出があつた設例に関するものであり、本件のようにその後さらに協議離婚届に署名しこれが受理された本件の場合と趣きを異にするものであり、右回答も戸籍法第一一四条のみではなく、同法第一一六条とのいずれかにより戸籍訂正をなすべきものとしている。

(二)  抗告人の抗告理由の第二点は要するに「抗告人は、本件協議離婚届出書作成及びその提出の当時、離婚の意思はなく、右届出も夫黒沢実が抗告人の印を偽造し、これを冒用して右届出書を偽造したうえ、これを提出してなされたものであること明白であるから、戸籍法第一一四条により戸籍訂正が許さるべきである。従つて原決定は取消さるべきである。」と、いうにある。しかしさきに引用した原審判の理由説示にあるように、本件については抗告人の離婚意思のないことが明白であるとは必ずしもいいえず、しかも本件記録に徴すると、民法第七六四条第七三九条の要求する離婚届出書(受理された分)の署名については、抗告人がみずからこれをしたこと明白であり、原審判の認定した事実をあわせ考えると、右届出書が夫黒沢実の偽造にかかるものとは必ずしもいいえないのみならず、協議離婚の有効、無効は身分関係に重大な影響を及ぼすこと明白であることに鑑みると、右離婚届出書の偽造であるかどうかの点と共に抗告人の離婚意思及び届出意思の存否につき実体的に確定することが必要であるというべく、もし抗告人が勝訴すればその判決により戸籍法第一一六条に基いて本件戸籍の記載を訂正するのが相当であると解するので、抗告人の右主張も理由がない。

よつて原審判は相当であり、本件抗告は理由がないので棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長判事 浅沼武 判事 上野正秋 判事 柏原允)

参考

原審 東京家裁 昭四二年(家)六六五六号 昭四二・九・二九審判 却下

申立人 竹本秀子(仮名)

利害関係人 黒沢実(仮名)

主文

申立人の本件申立を却下する。

理由

一、本件申立の要旨は、

(1) 申立人は利害関係人黒沢実と昭和四一年三月三〇日結婚式を挙げ、同年四月六日届出を了して結婚し、本年三月までは円満な家庭生活を営んできた。

(2) ところが利害関係人は昭和四二年三月一六日突然家を出た上、同年三月二九日申立人に対し離婚を求め、協議離婚届出用紙に署名押印を迫つた。

申立人は利害関係人に無理矢理右離婚届出用紙に署名させられたが、離婚の意思はまつたくなかつたので、直ちに東京都○区役所○○支所に同年四月四日協議離婚届の不受理申立書を提出し、同日右申立は受理された。

(3) ところが、その後同年四月二四日に至り利害関係人は申立人にすぐに破つてしまうからとの甘言を用いて協議離婚届出用紙に署名を迫り、申立人は離婚の意思のないことは勿論、離婚届の不受理申立をしていることとて安心して右離婚届出用紙に署名した。然るに、利害関係人は右離婚届を同年五月四日○区役所○○支所において区長宛提出し、右届出は同年五月一一日受理された。

(4) 右昭和四二年五月四日○区長宛提出された協議離婚届は申立人の意思を欠く無効のものであり、しかも、右届出は申立人から届出不受理申立がなされ戸籍管掌者に申立人の離婚意思のないことは明白であるにかかわらず受理されたものであつて、右離婚届出が無効であることは明白であるから、右協議離婚届出に基いてなされた戸籍の記載の訂正を求める。

というにある。

二、よつて判断すると、本件のように妻から協議離婚届の不受理申立書の提出、すなわち、離婚意思の撤回の意思表示が戸籍事務管掌者に対してなされることがあり、このような意思表示がなされた後に夫から離婚届出がなされたときには、夫から提出された離婚届出を戸籍管掌者は受理すべきでないとの戸籍実務上の扱い(昭和二七年七月九日民甲第一〇一二号民事局長回答)がなされ、それにもかかわらず夫からの離婚届出が受理され戸籍に記載されたときは、戸籍法一一四条によつても訂正することができる旨の見解(昭和三七年六月七日民事甲第一四九一号民事局長回答)もある。

しかしながら、本件記録中の戸籍謄本三通、その他の疎明資料ならびに申立人及び利害関係人審問の結果によれば、申立人は申立人主張のとおり利害関係人と法律上の婚姻届により結婚した夫婦であつたところ、昭和四二年三月二九日一度協議離婚届用紙に署名した後、同年四月四日戸籍管掌者に対し有効期間六ヵ月とする離婚届出不受理申立書を提出したこと、その後同年四月二四日申立人は再び協議離婚届出書に署名し、利害関係人は右届出書によつて前記協議離婚届出をなしたことが認められ、再度申立人が右離婚届出書に署名したときのいきさつについては申立人と利害関係人双方の陳述はくい違い、しかも利害関係人は申立人が離婚意思を表明したことを強く主張している。

かような場合には、前述申立人から協議離婚届出不受理申立書が提出されているからといつて、申立人の離婚意思のないことが明白であるとは必ずしも言い得ないから、右離婚届出につき離婚意思を欠く無効のものかどうかについて実体的に確定することが必要であつて、戸籍法一一六条すなわち確定判決によつて戸籍の記載を訂正するのが相当であり、戸籍法一一四条の手続により訂正するのは相当でないと解すべきである。

三、よつて、申立人の本件申立は失当としてこれを却下し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田愛子)

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